長年にわたり、ベトナムは若年人口の多さと豊富な労働力を背景に、高い経済成長を遂げてきた国として知られてきました。しかし近年の人口統計データを見ると、その人口構造は大きな転換期を迎えています。ベトナムでは高齢化が急速に進行しており、社会保障制度への負担が増す一方で、医療や介護、高齢者福祉といった分野では新たな需要やビジネス機会も生まれつつあります。
国連(UN)の定義では、60歳以上の人口が総人口の10%以上、または65歳以上の人口が7%以上を占める国は「高齢化社会」に入ったとされています。統計機関のデータによると、2025年のベトナムの総人口は約1億230万人に達し、60歳以上の人口は約14.2%を占めています。また、65歳以上の人口割合も約8%に近づいており、およそ7人に1人が60歳以上という計算になります。これらの数値からも、ベトナムでは高齢化が着実に進んでおり、本格的な高齢化社会へと移行していることが分かります。
特に注目すべきなのは、その進行速度です。日本やフランス、ドイツなどでは、高齢化社会から高齢社会へ移行するまでに30〜40年を要しましたが、ベトナムではわずか15〜20年程度で同じ過程をたどると予測されています。その背景には、長年続く出生率の低下があります。2025年の合計特殊出生率は女性1人当たり約1.93人まで低下しており、一方で平均寿命は約74.7歳まで延びています。医療水準や生活環境の改善も寿命の延伸を後押ししており、ベトナムは「豊かになる前に老いる」とも言われる状況に直面しています。その結果、年金や医療制度をはじめとする社会保障制度への負担は今後さらに大きくなることが予想されます。

ベトナムはすでに高齢化社会に入ったのか?(イメージ画像)
こうした人口構造の変化に伴い、高齢者を取り巻く生活環境にも大きな変化が生じています。これまで一般的であった「子や孫と同居し、家族が介護を担う」という従来の家族介護モデルは、徐々に維持が難しくなっています。核家族化の進展に加え、子ども世代が都市部や海外で働くケースや共働き世帯の増加によって、家族だけで高齢者を支えることが難しくなっているためです。さらに、認知症や慢性疾患を抱える高齢者を適切に介護するための専門知識や介護技術を十分に備えている家庭は決して多くありません。
一方で、ベトナムの介護サービスは依然として発展途上にあります。日本のように高齢化が先行した国々と比較すると、特別養護老人ホームや介護施設の数はまだ限られており、2025年半ばの時点でも、公立・民間を合わせた高齢者介護施設は全国で約400〜600施設にとどまっています。在宅介護サービスの整備も十分とは言えず、運営基準の整備や専門人材の育成も大きな課題となっています。とりわけ、長期介護(ロングタームケア)の分野は、今後重点的に整備が求められる社会サービスの一つと言えるでしょう。
介護人材の育成も喫緊の課題です。現在、介護現場で働く人材の多くは十分な専門教育や体系的な研修を受けておらず、認知症や慢性疾患を抱える高齢者、あるいは長期的な介護を必要とする高齢者に対して、質の高いケアを提供することが難しい状況です。こうした課題に対応するためには、日本の介護制度や人材育成の仕組みを参考にしながら、専門性の高い介護人材を計画的に育成していくことが重要です。
もっとも、高齢化はベトナムにとって課題である一方、新たな成長機会でもあります。医療費や社会保障費の増加、介護人材不足、家族介護の負担といった課題が深刻化する一方で、高品質な介護サービスや高齢者向け住宅、在宅ケア、リハビリテーションなどへの需要は今後さらに拡大すると見込まれています。また、日本をはじめとする高齢化先進国との連携を強化し、デジタル技術やDX(デジタルトランスフォーメーション)を活用した介護・医療サービスの高度化を進めることも、重要な政策課題となるでしょう。
かつて「若い国」と呼ばれたベトナムは、今や急速な高齢化という新たな局面を迎えています。この現実を正しく理解し、将来を見据えた政策や社会サービスを整備していくことは、高齢者の生活の質を向上させるだけでなく、持続可能な経済・社会の発展を実現する上でも欠かせない取り組みと言えるでしょう。


