近年、デジタルトランスフォーメーション(DX)は、コスト上昇や市場環境の急速な変化に対応するための重要な経営戦略として、ベトナム企業の間で急速に浸透しています。しかし、多くの企業がDXに取り組む一方で、期待した成果を十分に得られているケースは決して多くありません。
その背景には、技術ではなく「人材」という本質的な課題があります。DXはITシステムを導入することではなく、人・組織・業務プロセスを変革する取り組みであり、その成否は最終的に人材によって決まると言っても過言ではありません。
DXは「突破口」となるのか。
実際、ベトナム企業のDXに対する関心は非常に高まっています。投資計画省が公表した「2023年ベトナム企業デジタルトランスフォーメーション報告書」によると、90%以上の企業がDXの必要性を認識しています。しかし、実際に成果を上げている企業は30〜35%程度にとどまり、多くの企業では個別システムの導入や試験運用の段階から抜け出せていません。DXが経営戦略として十分に定着しているとは言い難い状況です。
その要因の一つが、「システム導入=DX」という誤った認識です。VCCIとUSAIDの調査によると、会計システムやERP、CRMなどへ投資する企業は60%を超えていますが、それらの機能を十分に活用できている企業は約4分の1にとどまります。背景には、従業員のデジタルスキル不足に加え、業務プロセスや組織運営そのものが変わっていないという問題があります。結果として、多額の投資を行っても期待した成果につながらないケースが少なくありません。
こうした状況の根底にあるのが、デジタル人材の不足です。世界銀行によると、ベトナムでは労働者の70%以上が体系的なデジタル教育を受けておらず、中小企業ではその割合が80%を超えています。不足しているのはプログラミングなどの技術だけではありません。データ分析、業務プロセスの設計、システム活用、さらにはIT部門と現場をつなぐコミュニケーション能力など、DXを推進するために必要な総合的なスキルが十分に育成されていないのが実情です。
特に深刻なのは、ビジネスとITの双方を理解できる人材の不足です。DXマネージャーやビジネスアナリスト、プロダクトオーナー、ITに精通したプロジェクトマネージャーといった人材は、多くの企業で依然として不足しています。ベトナムではエンジニアの数そのものが不足しているわけではありません。むしろ、技術と経営を橋渡しできる人材が限られていることが、多くのDXプロジェクトの大きな課題となっています。その結果、要件定義の段階で認識のずれが生じ、開発期間の長期化や投資対効果の低下につながるケースも少なくありません。
人材の課題はスキルだけではありません。企業文化や組織の意思決定にも改善の余地があります。現在でも、多くの企業ではDXをIT部門だけの取り組みと考え、経営層は予算承認にとどまっているケースが見受けられます。しかし、本来DXは企業全体の変革であり、経営トップが主体的に関与しなければ十分な成果は期待できません。マッキンゼーの東南アジア調査でも、65%を超える企業が依然としてIT部門主導でDXを進めていると報告されています。
さらに、経験や勘を重視する企業文化も課題の一つです。DXでは、業務の標準化やデータの可視化、客観的な指標による評価が不可欠です。しかし、多くの企業では個人の経験や柔軟な判断に依存する業務運営が依然として残っており、データに基づく意思決定が十分に根付いていません。このような状況では、高度なシステムを導入しても十分な効果を発揮することは難しいでしょう。
もっとも、この課題は同時に大きなビジネスチャンスでもあります。ADBやJICAによると、ベトナムではデジタル人材育成に対する需要が今後も年率20〜25%で拡大すると見込まれています。DX研修やデジタル人材育成、ITコンサルティング、アウトソーシングサービスなどの市場は急速に拡大しており、日本企業を含む海外企業にとっても大きな事業機会となっています。今後は、技術導入と人材育成を一体的に進める取り組みが、持続的なDX推進の鍵になると考えられます。

DXによるビジネスチャンス
ベトナム企業が直面している最大の課題は、技術そのものではありません。急速に進化する技術を十分に活用できる人材や組織を育成できていないことにあります。DXを単なるIT投資ではなく、経営改革として位置付け、人材育成や組織変革を継続的に進められる企業こそが、中長期的な競争優位を築いていくでしょう。テクノロジーは変革を支える重要な手段ですが、その価値を最大限に引き出すのは、最終的には「人」であることに変わりありません。


